1620年

ピルグリム・ファーザーズが、現在プリマス・ロックとして知られる岩に上陸。

1620年、ピルグリム・ファーザーズの一行がプリマス・ロックに上陸し、後のアメリカ合衆国建国に繋がる移民社会の礎を築きました。
1620年12月21日(旧暦)にイングランドを出発したメイフラワー号の乗員ら、通称ピルグリム・ファーザーズはマサチューセッツ湾岸に到着しました。過酷な航海を経た彼らは食糧や資源の確保に努め、プリマス・ロックと呼ばれる岩に上陸しました。宗教的自由を求めて新天地を目指した彼らの行動は、後のピルグリム・コミュニティの基盤となりました。この上陸はアメリカにおける初期植民地の形成と、感謝祭(サンクスギビング)の起源とも深く結びついています。移民たちは先住民との交流を通じて食料調達法を学び、辛くも共同体を維持しました。
1620年 ピルグリム・ファーザーズ プリマス・ロック
1961年

中央公論社が月刊誌『思想の科学』の天皇制特集号(1962年1月号)を発売中止とする。

天皇制特集号の発売が突如中止に。
1961年12月21日、中央公論社は月刊『思想の科学』の天皇制特集号発売を中止。 戦後の皇室論議を扱う予定だったが、政治的配慮や外部圧力が背景とされる。 編集部と発行元の間で検閲や自主規制の問題が浮き彫りに。 学術誌の自由と出版倫理に関する議論を巻き起こした。 以後、出版物の内容や表現の自由に対する意識が高まる契機となった。
1961年 中央公論社 思想の科学 天皇制
1976年

初のジャンボ宝くじ発売。売り場に購入客が殺到して2人が死亡し、これにより翌年から予約制となる。

日本で初めての大型宝くじ「ジャンボ宝くじ」が発売され、初日の混雑で2人が死亡。翌年から予約制が導入された。
1976年12月21日、日本で初めての大型宝くじ「ジャンボ宝くじ」が発売された。 売り場では年末の一攫千金を狙う購入客が殺到し、混乱の中で2人が押しつぶされて死亡する事故が発生。 この惨事を受け、翌1977年からは窓口への集中を避けるために発売を予約制とする仕組みが導入された。 以降、ジャンボ宝くじは年末の風物詩として定着し、日本の宝くじ市場における重要な収益源となった。 また、当時の安全対策や販売方法の見直しが社会的に大きな影響を及ぼした。
1976年 ジャンボ宝くじ
1982年

谷津遊園が閉園。

千葉県のレジャー施設・谷津遊園が営業を終了し、長年親しまれた遊園地が閉園した。
1982年12月21日、千葉県習志野市のレジャー施設「谷津遊園」が閉園した。 1950年代から長年にわたり地元住民に親しまれてきたが、経営難や施設老朽化のため幕を下ろした。 閉園に際しては多くの来場者が別れを惜しみ、思い出を語り合う姿が見られた。 跡地は後に住宅地や商業施設に再開発され、当時の面影は徐々に消えていった。 日本の戦後レジャー史における一時代の終焉として記憶されている。
1982年 谷津遊園
1988年

富山市立奥田中学校いじめ自殺事件。

富山市立奥田中学校でのいじめが原因とされる生徒の自殺事件が発生し、社会に衝撃を与えた。
1988年12月21日、富山市立奥田中学校でいじめを苦にした生徒が自殺する痛ましい事件が発生。 被害者は長時間に及ぶ集団での嫌がらせや暴言を受けており、学校や地域社会のケア体制の不備が浮き彫りに。 事件後、富山市はいじめ防止対策を強化し、相談窓口の設置や教育プログラムの見直しを実施。 日本全国でも児童生徒の自殺防止やいじめ対策が社会問題化し、法整備やガイドライン整備が進められた。 この事件は学校教育現場の安全管理と児童生徒の心のケアの必要性を広く認識させた。
富山市立奥田中学校いじめ自殺事件