1563年

1545年に開会したトリエント公会議が閉会。

1545年に開始されたトリエント公会議が、累次の会議を経て1563年に閉会した。
トリエント公会議はカトリック教会の教義や改革を議論するために1545年に召集された。 宗教改革運動への対抗や教会内部の腐敗是正が目的とされ、長期間断続的に開催された。 1563年12月4日、最後の会期が終了し、公会議で決定された教義や規律が正式に採択された。 公会議の成果には聖書外典の正典化、司祭教育の強化、贖宥状(免罪符)の規制などが含まれる。 この決定はカトリック側の改革を促し、ヨーロッパの宗教地図に大きな影響を与えた。
1563年 1545年 トリエント公会議
元和9年10月13日

江戸の大殉教

江戸幕府によるキリシタン迫害の一環として、多くの信徒が殉教した。
1623年(元和9年)10月13日、幕府はキリスト教信徒に対する弾圧を強化し、江戸で大量殉教を実施した。 殉教者には外国人宣教師や日本人信徒が含まれ、刑罰として処刑や拷問が行われた。 この出来事は『江戸の大殉教』として後世に語り継がれ、迫害の象徴的事件となった。 江戸幕府はキリシタン禁止令を発布し、以後約250年間にわたりキリスト教の厳禁政策を続けた。 殉教の報はヨーロッパにも伝わり、宣教師や海外報道において幕府批判の材料となった。
1623年 元和 10月13日 江戸の大殉教 英語版
1791年

世界初の日曜版新聞『オブザーバー』が創刊。

世界初の日曜版新聞『オブザーバー』がロンドンで創刊された。
1791年12月4日、イギリス・ロンドンで週刊日曜版新聞『オブザーバー』が初刊された。 現存する最古の新聞として知られ、政治・社会ニュースの報道で急速に支持を得た。 紙面は政治評論や文芸記事を充実させ、読者層の拡大に寄与した。 のちに『オブザーバー』は世界各国で類似紙を生むなど、日曜新聞文化の先駆けとなった。 創刊以来、媒体としての独自性を保ちつつ、英国の言論空間に大きな影響を与え続けている。
1791年 新聞 オブザーバー
1969年

米軍は沖縄人米軍基地労働者の大量解雇発表。

1969年12月4日、米軍が沖縄の基地で働く沖縄人労働者の大量解雇を発表しました。
アメリカ軍は沖縄の在日米軍基地で働く多くの民間労働者を対象に突然の解雇を発表しました。 この措置は沖縄返還を控えた基地運用の見直しと人員削減が背景にあります。 解雇された労働者は主に清掃や整備、建築などに従事していた地元住民で、生活の基盤を失う形となりました。 沖縄側では抗議運動や労働組合の結成などが相次ぎ、基地問題を巡る日米間の緊張が高まりました。 この出来事は沖縄の基地問題と地元経済への影響を考えるうえで重要な転機となりました。
1969年
1972年

スティーブン・ステイナー誘拐事件。

1972年にアメリカで発生した少年スティーブン・ステイナー誘拐事件です。
7歳の少年スティーブン・ステイナーはカリフォルニア州の自宅付近で誘拐され、犯人のケネス・プランケットに7年間も監禁されました。 プランケットは身代金目的ではなく、少年を自らの子として育てる意図と主張しました。 スティーブンは最終的に1979年に逃亡し、実の家族と再会を果たしました。 事件はアメリカ社会に大きな衝撃を与え、誘拐被害者の心理や社会的支援の重要性が改めて認識されました。 後年、この実話をもとにテレビ映画「I Know My First Name Is Steven」が制作され、広く注目を集めました。
1972年 スティーブン・ステイナー誘拐事件
2009年

京都朝鮮学校公園占用抗議事件。

2009年12月4日、京都市内の公園で朝鮮学校の児童・生徒が占用を巡って抗議活動を行いました。
京都市は朝鮮学校の校外活動として公園の一部利用を認めたことで、地域住民との間に軋轢が生じました。 利用許可の範囲や安全管理を巡り、朝鮮学校側と住民側が抗議・反対運動を展開。 学校関係者は横断幕やプラカードを掲げ、市当局に対して説明責任の強化を要求しました。 この出来事は在日コリアンコミュニティと地域社会の共生の在り方について議論を喚起しました。 その後、共同でのルール策定やコミュニケーションの場が設けられ、一定の合意形成が図られました。
2009年 京都朝鮮学校公園占用抗議事件