9年

ウェスパシアヌス

(9 - 79)

ローマ皇帝

ローマ皇帝
ローマ帝国の第9代皇帝。79年まで在位しフラウィア朝を繁栄させた。
帝政ローマ期の皇帝としてドミティアヌスらとともにフラウィア朝を築いた。 69年の元老院の承認を経て即位し、安定した統治を行った。 治世中は大規模な土木事業や図書館の設立など公共事業を推進した。 79年に死去するまでローマの繁栄に大きく貢献した。 後世においても皇帝像として多くの文学や芸術作品に登場している。
9年 ウェスパシアヌス ローマ皇帝 79年
64年

ユリア・フラウィア

(64 - 91)

ローマ皇帝ティトゥスの娘

ローマ皇帝ティトゥスの娘
ローマ皇帝ティトゥスの娘。フラウィア朝の帝族として注目された女性。
ローマ皇帝ティトゥスとヴィスパシアナの間に生まれた皇女。 フラウィア朝第2代皇帝の娘として若くして宮廷で育成された。 年少期の記録は少ないが、帝室の和睦を象徴する存在とされる。 91年に若くして死去し、後世に大きな影響は残さなかったものの当時のローマ社会を知る手がかりとなっている。 彼女の生涯については断片的な史料しか伝わっていない。
64年 ユリア・フラウィア ティトゥス 91年
1503年

アーニョロ・ブロンズィーノ

(1503 - 1572)

画家

画家
イタリア・マニエリスム期の著名な画家。メディチ家の宮廷画家として活躍した。
フィレンツェを拠点に活動したマニエリスムの巨匠。 優雅で洗練された肖像画を多く残し、メディチ家との関係が深かった。 宗教画や神話画でも独自の様式を確立し、後世に大きな影響を与えた。 1572年に没するまで多数の宮廷依頼を手がけた。 作品はウフィツィ美術館などで鑑賞できる。
1503年 アーニョロ・ブロンズィーノ 画家 1572年
1587年

ヨースト・ファン・デン・フォンデル

(1587 - 1679)

詩人、劇作家

詩人 劇作家
オランダ黄金時代を代表する詩人・劇作家。17世紀ヨーロッパ演劇を牽引した。
アムステルダム生まれの文学者で、オランダの国民的詩人と称される。 宗教劇や叙事詩、戯曲など多彩な作品群を生み出した。 代表作『バイタリア』や『アダムの罪』などは宗教的・道徳的テーマを扱う。 また舞台芸術の発展にも寄与し、劇場建設を支援した。 1679年に没し、オランダ文学史にその名を刻んだ。
1587年 ヨースト・ファン・デン・フォンデル 詩人 劇作家 1679年
万暦28年10月12日

朱舜水

(1600 - 1682)

儒学者

儒学者
明末清初に活躍した中国の儒学者。西洋知識の受容に先駆的な役割を果たした。
明朝滅亡後に日本へ渡り、幕府や大名に儒学を教授した。 中国伝統の儒学に加え、天文学や地理学など西洋学問を紹介した。 江戸幕府の外交や文化交流に影響を与え、朱子学の発展に寄与した。 『日本外史』など多数の著作を残し、儒学者として高い評価を受けた。 1682年に江戸で死去し、現在も記念碑が残る。
1600年 万暦 10月12日 朱舜水 儒学者 1682年
1602年

アニエス・ド・ランジャック

(1602 - 1634)

カトリック教会・ドミニコ会の修道女、福者

カトリック教会・ドミニコ会の修道女 福者
17世紀フランスのドミニコ会修道女。カトリック教会で福者に列せられた。
フランス・リモージュ出身で、幼少より信仰を深めた。 ドミニコ会に入会後は貧しい人々の救済や教育に尽力した。 その敬虔な生活と奇跡的な体験が記録され、長らく信仰の模範とされた。 1920年に教皇ベネディクト15世により福者に列せられた。 現在も修道院で彼女にまつわる資料が保管されている。
1602年 アニエス・ド・ランジャック 1634年
1612年

ドルゴン

(1612 - 1650)

後金から清初の皇族

後金から清初の皇族
清朝初期の権臣として後金から清への移行を主導した皇族。
ホンタイジの弟であり、清朝の初期に政権を握った実力者。 主に対明作戦を指揮し、北京入城後の行政整備を推進。 レジスタンスを抑え、清朝統治基盤を確立した中心人物。 1650年に病死し、その死後権力闘争が激化した。 清朝史において最も影響力のある摂政の一人として知られる。
1612年 ドルゴン 1650年
慶安3年10月24日

島津綱貴

(1650 - 1704)

島津氏第20代当主、第3代薩摩藩主

島津氏第20代当主 第3代薩摩藩主
江戸時代の薩摩藩第3代藩主。島津氏の当主として藩政を行った。
慶安期に第3代薩摩藩主となり、領内の治水や城郭改修を推進した。 藩内の財政再建に努め、米商人との取引拡大を図った。 一国一城令下でも独自の薩摩藩文化を育んだ。 1704年に死去し、島津家の基盤強化に大きく貢献した。 現在も鹿児島県内に遺構が残る。
1650年 慶安 10月24日 島津綱貴 島津氏 薩摩藩 1704年
1717年

ジャン・ル・ロン・ダランベール

(1717 - 1783)

数学者、思想家

数学者 思想家
フランス啓蒙時代の数学者・哲学者。『百科全書』の編集に携わった。
パリ生まれの天才数学者で、調和の理論に貢献した。 微分方程式や振動論の研究で名声を得る。 ディドロらと共に『百科全書』を編纂し、啓蒙思想の普及に尽力した。 思想家として政治や宗教批判の論文も執筆した。 1783年に没し、科学と哲学の両面で影響を残した。
1717年 ジャン・ル・ロン・ダランベール 数学者 思想家 1783年
1729年

マリーア・アントニア・ディ・スパーニャ

(1729 - 1785)

サルデーニャ王ヴィットーリオ・アメデーオ3世の妃

サルデーニャ王ヴィットーリオ・アメデーオ3世の妃
18世紀サルデーニャ王ヴィットーリオ・アメデーオ3世の妃。
スペイン王室出身の王妃としてサルデーニャ王室に嫁いだ。 家庭内の和解や外交儀礼に貢献し、宮廷文化を彩った。 複数の子女をもうけ、ヨーロッパ各王家と縁を結んだ。 1785年に没し、その生涯はほとんどが宮廷史料に記録されている。 王室の系譜研究において注目される存在。
1729年 マリーア・アントニア・ディ・スパーニャ 1785年
1749年

ニコラ・アペール

(1749 - 1841)

食品加工業者

食品加工業者
フランスの食品加工業者。缶詰の技術を確立し、食品保存法に革命をもたらした。
1749年にフランスで生まれた。 各種食材を密封・加熱殺菌する保存法を研究し、1809年に缶詰製造法を発明した。 この技術は「アペール法」と呼ばれ、戦争や遠洋航海の食料問題を解決した。 1810年には工場を設立し、実用化と普及に尽力した。 その功績から「缶詰の父」と評される。 1841年に没するまで、食品保存技術の発展に多大な影響を与えた。
1749年 ニコラ・アペール 1841年
宝暦3年10月23日

五島盛運

(1753 - 1809)

第8代福江藩主

第8代福江藩主
江戸時代中期の大名。第8代福江藩主として藩政を担った。
1753年(宝暦3年)に生まれた。 家督を継いで第8代福江藩主となり、藩財政や領民の統治にあたった。 天明・寛政の改革期に藩政改革を試み、財政再建に努めた。 幕府との関係維持や藩兵の編成にも携わった。 1809年に没し、跡を子息が継いだ。
1753年 宝暦 10月23日 五島盛運 福江藩 1809年