1849年

フョードル・ドストエフスキーに対し死刑判決。後に執行直前に特赦によりシベリア流刑に減刑。

ロシアの文豪フョードル・ドストエフスキーが政治的活動を理由に死刑判決を受けました。後に特赦されシベリア流刑となりました。
1849年11月16日、ドストエフスキーはペトラシェフスキー会と呼ばれる知識人集団への関与を理由に逮捕されました。 反逆罪で死刑判決を受けるも、処刑直前に皇帝ニコライ1世の特赦が下ります。 その結果、死刑は執行されずシベリアへの流刑が言い渡されました。 この経験は彼の後の作品に深い影響を与え 『罪と罰』などで描かれる人間心理への洞察を形成しました。
1849年 フョードル・ドストエフスキー
1908年

東京市立日比谷図書館(千代田区立日比谷図書文化館。2011年に閉館。)の開館式が行われる。

東京市立日比谷図書館の開館式が行われました。市民に開かれた近代的な公共図書館の始まりです。
1908年11月16日、日比谷公園内に東京市立日比谷図書館が開館しました。 大正期の文化振興を背景に建設された図書館は 当時としては珍しい無料公開の公共図書館でした。 近代日本の知識普及と読書文化の発展に寄与し 2011年の閉館まで多くの市民に利用され続けました。
1908年 日比谷図書文化館
1913年

マルセル・プルーストの『失われた時を求めて』第1巻刊行。全13巻刊行までに14年。

フランスの小説家マルセル・プルーストが『失われた時を求めて』第1巻を刊行しました。20世紀文学の金字塔が幕を開けます。
『失われた時を求めて』はマルセル・プルーストの代表作で、時間と記憶をテーマにした大作です。 第1巻は1913年11月16日に刊行され、当時の文壇に衝撃を与えました。 全13巻の完結には14年を要し、第一次世界大戦前後の時代背景を反映しています。 作品は詳細な心理描写と長大な文章で知られ、モダニズム文学の金字塔とされています。 その後の文学や思想に大きな影響を与え、多くの翻訳・研究が行われています。 現在も世界各国で読まれ続けている不朽の名作です。
1913年 マルセル・プルースト 失われた時を求めて
1972年

世界遺産条約がユネスコ総会で採択。

ユネスコ総会で世界遺産条約が採択され、文化・自然遺産保護の国際枠組みが誕生した。
1972年11月16日、パリのユネスコ本部で第17回総会において世界遺産条約が正式に採択された。 本条約は文化遺産と自然遺産の保護を目的とし、加盟国による登録・保存体制の構築を推進した。 1975年に発効すると各国は重要な文化・自然物件を推薦・登録し、国際的な保全活動が始まった。 条約の成立は観光振興や地域経済の活性化にも寄与し、世界各地で遺産保護の意識を高めた。 現在では190以上の国と地域が参加し、最も強力な保護枠組みの一つとなっている。
1972年 世界遺産条約