明応7年8月25日
明応地震、鎌倉大仏の大仏殿が数メートル級の津波により流される。
明応地震の津波で鎌倉大仏の大仏殿が流失し、鎌倉文化に大きな被害が出た。
1498年(明応7年)、東海道沿岸を襲った強大な地震と津波により、鎌倉大仏が安置された大仏殿が崩壊し、数メートル級の波に流された。
地震は東海・南海地震の連動とされ、被害は静岡県から関東南部に及んだ。
鎌倉大仏殿は再建されず、大仏は野外に露座した状態が今日まで続いている。
この災害は中世日本の地震史において特に記録に残る大規模災害として知られる。
津波の高さや破壊力は後世の地震防災研究の重要な資料とされる。
1498年
明応
8月25日
明応地震
鎌倉大仏
津波