文暦2年5月27日

藤原定家が古今の和歌百首を書写する(百人一首の原型とされる)。

鎌倉時代に歌人・藤原定家が古今和歌集などから百首を選び書写しました。これが後の百人一首の原型とされています。
藤原定家は歌学者として名高い鎌倉時代の公卿・歌人です。文暦2年5月27日(1235年6月14日)、彼は古今和歌集などから和歌百首を書写しました。この選歌と書写の手法が後に藤原定家撰と伝えられる百人一首の原型とされます。百人一首は鎌倉時代から室町時代にかけて広まった歌詠みの基礎資料となりました。和歌の歴史や文学研究においても重要な遺産と評価されています。現在でもカルタゲームや学術研究で親しまれている文化的遺産の一つです。
1235年 文暦 5月27日 藤原定家 百人一首
1910年

聚精堂から、柳田國男の『遠野物語』初版350部が刊行。

柳田國男の民俗学的著作『遠野物語』が初版350部で刊行されました。
・1910年6月14日、聚精堂から『遠野物語』の初版全350部が刊行。 ・柳田國男は東北地方遠野の民話や伝承を採集・記録し、日本民俗学の基礎を築いた。 ・幻想的で郷愁を誘う物語群は多くの読者の心を捉え、文化や芸術に影響を与えた。 ・後に語り部文化の重要性を再評価する契機となり、日本各地の民俗研究が活性化。 ・今なお日本の民俗学・文学の古典として広く読み継がれている。
1910年 柳田國男 遠野物語
1938年

『スーパーマン』などが掲載されたアメリカの漫画雑誌『アクション・コミックス』が創刊。

漫画雑誌『アクション・コミックス』が創刊し、スーパーマンが登場しました。
・1938年6月14日、アメリカでアクション・コミックス第1号が出版される。 ・第1号にはスーパーマンが初登場し、スーパーヒーローという新ジャンルを確立。 ・圧倒的な人気を博し、アメリカンコミックスの黄金時代の幕開けとなった。 ・多くのクリエイターに影響を与え、後のコミック界の発展に大きく貢献。 ・スーパーマンは文化アイコンとなり、映画・アニメ・商品展開で世界的な成功を収める。
1938年 スーパーマン アクション・コミックス
1949年

映画倫理規程管理委員会(現 映画倫理委員会)が発足。

日本の映画規制を行う映画倫理規程管理委員会が発足した。
1949年6月14日、日本の映画製作者や配給会社が自主的に設立した規制機関として映画倫理規程管理委員会が発足しました。 戦後の占領期における検閲強化を背景に、業界自らのルール作りを目的としています。 映画の内容が国家や公共道徳に反しないかを審査し、レーティング前身の役割を果たしました。 その後、1956年に名称を映画倫理委員会に変更し、現在まで続く映倫制度の基盤となりました。 日本映画の発展と表現の自由のバランスを図る重要な組織として認知されています。
1949年 映画倫理委員会
1966年

カトリック教会が1557年からあった禁書目録を公式に廃止。

カトリック教会が長らく維持してきた禁書目録を公式に廃止しました。
禁書目録(Index Librorum Prohibitorum)は1557年に設けられ、異端や道徳に反する書物を列挙して禁止してきた制度です。 第二バチカン公会議の流れを受け、教会の近代化や言論の自由を尊重する動きが高まりました。 1966年6月14日、パウロ6世の勅令により公式に廃止が宣言されました。 これにより、これまで禁止されていた書物が解禁され、出版・翻訳の自由度が広がりました。 宗教と表現の自由の関係における重要な転換点とされています。
カトリック教会 1557年 禁書目録
1987年

マドンナの初来日公演が大阪市中央区難波の大阪球場からスタート。

1987年6月、ポップアイコンのマドンナが初めて日本の地を踏み、大阪球場で鮮烈なステージを繰り広げました。
1987年6月14日、ポップ界の女王マドンナが大阪球場で初来日公演を開始。 当日は数万人のファンが詰めかけ、会場は熱狂の渦に包まれました。 代表曲を次々に披露し、その圧倒的なパフォーマンスは日本の音楽シーンに衝撃を与えました。 この公演は洋楽ブームの火付け役となり、後のライブ文化形成に大きな影響を与えました。 マドンナと日本のファンとの絆がここから始まった瞬間です。
1987年 マドンナ 大阪市 中央区 難波 大阪球場
2010年

読売新聞の四コマ漫画『コボちゃん』(作:植田まさし)が連載10,000回に到達。

植田まさし氏による人気四コマ漫画『コボちゃん』が、読売新聞での連載10,000回を迎えた記念すべき日。
『コボちゃん』は植田まさし氏が描く日常系四コマ漫画で、幼いコボ君とその家族をユーモラスに描写し、幅広い世代に愛されています。読売新聞での連載開始以来、読者の支持を集め続け、家族や地域の温かい交流を伝えてきました。 2010年6月14日、ついに連載回数が10,000回に到達。これは新聞連載漫画としても類を見ない長寿記録で、漫画家の技術と読者の根強い人気を示すものです。 今後も『コボちゃん』は新聞紙上で日常の小さな幸せを届ける存在として、多くの人々に笑顔をもたらし続けるでしょう。
2010年 読売新聞 コボちゃん 植田まさし