1925年

イギリスのチャーチル蔵相が、庶民院で予算演説を行い、金本位制復帰を公表。

チャーチル蔵相が金本位制復帰を政府方針として発表した。
1925年4月28日、当時のイギリス蔵相ウィンストン・チャーチルが庶民院で予算演説を行い、金本位制への復帰を正式に表明した。 戦後のインフレーションを抑制し、国家信用の回復を図る目的で、ポンドを1オンス4.86ドル45セントとする復帰レートが提示された。 この政策は財界や経済学者の間で賛否両論を呼び、特に戦前水準での復帰は過大評価との批判が強かった。 結果的にポンドは高価に評価され、輸出産業は打撃を受け、失業率の上昇をもたらした。 後に世界恐慌が深刻化する中、この決定がイギリス経済に与えた影響は長く論争の的となった。
1925年 イギリス チャーチル 金本位制
1925年

パリ万国博覧会が開幕する。

1925年、パリ万国博覧会(アール・デコ博)が開催され、現代的な装飾芸術を世界に披露した。
1925年4月28日、パリ市内のシャンゼリゼ通りを中心に『装飾芸術国際博覧会』が開幕。 工芸美術と産業デザインの融合をテーマに、42か国が参加し、多彩なパビリオンが建設された。 アール・デコ様式の家具や照明、ガラス細工などが初めてまとまって紹介され、装飾芸術の新潮流を確立した。 展覧会は約6か月間にわたり開催され、約1600万人の来場者を集め、世界的な注目を集めた。 本博覧会の成功は国際的なデザイン運動を促進し、モダニズムへの転換点となった。
パリ万国博覧会
1954年

明治製菓が日本初の缶ジュース「明治天然オレンジジュース」を発売。

明治製菓が日本初の缶入りオレンジジュースを発売し、飲料市場に革新をもたらした。
1954年4月28日、明治製菓が「明治天然オレンジジュース」を日本国内で初めて缶入り商品として発売。 従来の瓶入りより軽量で持ち運びや保存に優れ、家庭や外出先での飲用を容易にした。 製造には国産オレンジ果汁を使用し、品質管理にも注力。 この製品は戦後の食料事情改善に寄与するとともに、缶飲料市場の拡大を促進した。 缶ジュースの先駆けとして、後の飲料業界に大きな影響を与えた。
明治製菓 ジュース
1964年

日本がOECDに加盟。

日本が経済協力開発機構(OECD)に正式加盟し、国際社会への経済統合が進展した。
経済協力開発機構(OECD)は、先進国の経済協力や政策協議を行う国際機関として1961年に設立されました。 日本は戦後の高度経済成長を背景に、先進諸国との連携強化を目指し加盟交渉を進めました。 1964年4月28日に正式加盟国となり、OECD加盟は日本経済の国際的信用力向上に寄与。 同年は東京オリンピック開催など国際的注目を集めた年であり、加盟は日本の発展を象徴する出来事となりました。 OECD加盟後、日本は政策協議や統計整備を通じて、世界経済の一翼を担う役割を強化しました。
1964年 OECD
2003年

日経平均株価がバブル崩壊後の最安値7603.76円を記録。

2003年4月28日、日経平均株価がバブル崩壊後の最安値7603.76円を記録しました。
2003年4月28日、日本の株式市場で日経平均株価が7603.76円となり、1989年のバブル崩壊以降の最安値を更新しました。 ITバブルの崩壊や金融機関の不良債権問題が重なり、投資家心理が大きく冷え込みました。 この極端な下落は「失われた10年」と呼ばれる長期停滞を象徴する出来事とされています。 政府は金融システム安定化策を講じましたが、市場の信頼回復には時間を要しました。 その後も日経平均は低迷期が続き、日本経済再生の難しさを浮き彫りにしました。
2003年 日経平均株価 バブル崩壊