ヴェネツィアのドージェ
ヴェネツィアのドージェ
ヴェネツィア共和国の元首ドージェを務めた政治家。クーデターを企てたことで知られる。
マリーノ・ファリエロ(1285-1355)は、ヴェネツィア共和国の第55代ドージェとして1354年に就任した。
在位中に共和国の貴族政に不満を募らせ、権力掌握を目指すクーデターを計画したが、未遂に終わり処刑された。
彼の反乱は共和政ヴェネツィアの政治史に大きな衝撃を与え、以降のドージェ選出や貴族間の権力闘争に影響を残した。
冷酷な処罰は当時の政治制度を維持するための見せしめとも評される。
今日では権力と改革の狭間で悲劇的な最期を迎えた君主として語り継がれている。
1355年
マリーノ・ファリエロ
ヴェネツィア
1285年
古典学者
古典学者
ドイツ・ルネサンス期の古典学者。古代ギリシャ・ローマの文献を研究・翻訳した。
ヨアヒム・カメラリウス(1500-1574)は、ドイツ出身の著名な人文学者で、古典学の発展に寄与した。
ヴィッテンベルクとチュービンゲン大学で学び、古代の文献を精力的に収集・研究。
ラテン語とギリシャ語に精通し、多数の古典作品を翻訳・注釈を加えた。
彼の学問的業績は、ルネサンス人文学の普及とプロテスタント教育の基盤構築に大きく貢献。
チュービンゲン大学で教鞭を執り、多くの後進を育成した。
1574年
ヨアヒム・カメラリウス
英語版
1500年
作曲家
作曲家
バロック期のイタリア出身の作曲家・ヴィオリスト。ウィーンで活躍した。
アントニオ・ベルターリ(1605-1669)は、北イタリアのヴェローナ生まれの作曲家で、ヴィオリストとしても著名。
ウィーン宮廷楽団に招かれ、宮廷楽長として教会音楽や声楽作品を多数制作。
オペラやカンタータを通じてバロック音楽の形式と語法を発展させ、後世に影響を与えた。
器楽作品も手掛け、ヴィオラ・ダ・ガンバのための作品が知られる。
その音楽はイタリア・バロックの華麗さとウィーンの宮廷風雅が融合している。
1669年
アントニオ・ベルターリ
作曲家
1605年
詩人、修道女
詩人
修道女
メキシコの詩人・哲学者・修道女。女性の教育権を擁護した先駆者。
ソル・フアナ=イネス・デ・ラ・クルス(1651-1695)は、ニュー・スペイン(現メキシコ)の修道女であり詩人。
幼少期から学問への才能を示し、コンベント(女子修道院)に入ってからも独学で哲学や神学を学んだ。
詩・劇・論文など多彩な作品を残し、とりわけ『女性の権利擁護についての見解』で女性教育の必要性を論じた。
その知的独立性と批判精神は、後世のフェミニズム運動にも影響を与えた。
ラテン語やスペイン語で書かれた彼女の文学は、バロック期の美学と宗教的情熱を兼ね備えている。
1695年
ソル・フアナ=イネス・デ・ラ・クルス
1651年
作家
作家
フランスの侯爵夫人であり、優れた書簡作家。ルイ14世期の宮廷文化を描写した。
マリー・ド・ラビュタン=シャンタル(1626-1696)は、セヴィニエ侯爵夫人として知られるフランスの貴族。
娘への手紙集『書簡集』で、ヴェルサイユ宮廷の出来事や同時代の文化を生き生きと伝えた。
その筆致はウィットに富み、当時の政治・社交界の内幕を示す貴重な資料とされる。
同時に、女性としての視点で日常や感情を繊細に描写し、近代ヨーロッパ文学における書簡文学の確立に寄与。
死後も多くの読者に愛され、時代を超えて読み継がれている。
1696年
セヴィニエ侯爵夫人マリー・ド・ラビュタン=シャンタル
1626年
神聖ローマ皇帝
神聖ローマ皇帝
ハプスブルク家の神聖ローマ皇帝。スペイン継承戦争期に統治を行った。
ヨーゼフ1世(1678-1711)は、兄レオポルト1世の後を継いで神聖ローマ皇帝に即位。
在位期間は1705年から1711年までで、スペイン継承戦争の最中にハプスブルク帝国を統率。
行政改革や財政再建に取り組みつつ、帝国領内の宗教問題にも対処した。
早逝したため長期の政権運営は叶わなかったが、時代を揺るがす戦乱の中で安定を図った。
後を継いだカール6世とともにハプスブルク家の影響力を維持した。
1711年
ヨーゼフ1世
神聖ローマ皇帝
1678年
政治家
政治家
スウェーデンの政治家で外交官。自由時代の内閣総督を務めた。
アルヴィド・ホルン(1664-1742)は、スウェーデン王国の要職を歴任した政治家。
1719年から1738年まで内閣総督として事実上の首相に相当する権力を行使。
大北方戦争後の復興期に、中立路線を掲げた外交政策を推進。
国内では財政改革や貴族特権の見直しを進め、自由時代と呼ばれる議会政治の基盤を築いた。
彼の手腕はスウェーデンの近代化に寄与し、後続の政治体制にも影響を与えた。
1742年
アルヴィド・ホルン
政治家
1664年
数学者
数学者
イギリスの牧師で数学者。ベイズ統計学の基礎を築いた。
トーマス・ベイズ(1702-1761)は、イギリスの牧師であり数学者としても活躍。
確率論に関する画期的な論文『確率の問題を解く試論』を遺し、事後確率の概念を示唆。
その業績は死後にリチャード・プライスによって出版され、今日のベイズ統計学の礎となった。
数学と神学を融合させた視点から不確実性の扱いに光を当て、統計学の発展に貢献。
現代の機械学習やデータサイエンスにも応用される理論として高く評価されている。
1761年
トーマス・ベイズ
数学者
1702年
作曲家
作曲家
ドイツの作曲家・音楽理論家。ヘンデルと親交を持った。
ヨハン・マッテゾン(1681-1764)は、ハンブルクを中心に活動した作曲家、音楽理論家。
オペラや教会カンタータを作曲し、ハンブルク歌劇場の音楽監督を務めた。
また『音楽理論序説』などの著作を通じてバロック音楽の理論的基盤を確立。
ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデルと友情を築き、その音楽鑑賞家としての視点を長年にわたり交流した。
彼の理論書は当時の作曲家や演奏家に広く読まれ、音楽理論教育の発展に寄与した。
1764年
ヨハン・マッテゾン
1681年
政治家、物理学者
政治家
物理学者
アメリカ独立の父と称される政治家・科学者。雷の電気実験で知られる。
ベンジャミン・フランクリン(1706-1790)は、米国建国の立役者の一人であり、多才な博物学者・政治家。
雷の電気実験を通じて避雷針の発明に至り、電気現象の研究で革新的成果を上げた。
パリ公使として米英間の同盟を結び、独立戦争勝利に大きく貢献。
さらに通貨制度や郵便制度の整備、図書館設立など公共事業にも尽力。
ユーモア溢れる著作『貧しいリチャードの暦』を通じて市民道徳や実用知識を広めた。
1790年
ベンジャミン・フランクリン
政治家
物理学者
1706年
彫刻家
彫刻家
18世紀フランスの彫刻家で、新古典主義への橋渡し的な作品を残した芸術家。
1710年にパリで生まれたアルグランは、エドメ・ブシャロンに師事し彫刻技術を磨きました。1750年に王立絵画彫刻アカデミーに受け入れられると、優雅で繊細な造形美を追求し、ロココ様式から新古典主義への移行を象徴する作品を次々と発表しました。代表作「ラ・ニュイ」は光と影の表現に秀で、現在はルーヴル美術館に収蔵されています。彼の作品は当時の芸術界に大きな影響を与え、後世の彫刻家にも高く評価されました。1795年に同地で没しました。
1795年
クリストフ=ガブリエル・アルグラン
英語版
1710年
小説家
小説家
ドイツの著述家・サロン主催者で、旅行記や小説で生計を立てた先駆者的存在。
1766年にドイツで生まれたヨハンナは、当時珍しかった女性プロ作家として活躍しました。ウェーマルで文芸サロンを主催し、詩人や哲学者たちと交流しました。著書に旅行記『イギリス旅行記』や小説『ヴィルヘルミーネ』などがあり、当時のヨーロッパ文化を描写したことで高い評価を得ました。息子は哲学者アルトゥル・ショーペンハウアーですが、彼女自身も自立した作家として名を馳せました。1838年に没しました。
1838年
ヨハンナ・ショーペンハウアー
1766年