安政5年2月26日

飛越地震が発生する。

1858年の安政5年に飛越地方を襲い、家屋倒壊や土砂崩れで多くの犠牲者を出した大地震。
江戸時代後期の1858年2月26日に飛越地震が発生しました。 震源は飛騨・越中地方とされ、推定M7前後の規模です。 強い揺れにより山間部を中心に土砂崩れや断層崖の出現が相次ぎ、村落が壊滅的な打撃を受けました。 被害の正確な数は不明ながら多数の死傷者が報告され、農村社会に深刻な影響を与えました。 幕府は救援物資の供給や復興土木工事を実施し、被災地の再建にあたりました。 当時の記録が限られるものの、飛越地震は安政期を象徴する大災害の一つです。
1858年 安政 2月26日 飛越地震
1952年

もく星号墜落事故。搭乗員37人全員死亡。

1952年4月9日、『もく星号』が墜落し、搭乗員37人が全員死亡しました。
『もく星号』墜落事故については詳細な記録が残っていません。 事故当時の気象状況や飛行経路も不明で、原因の究明は困難です。 1952年4月9日、同機は飛行中に消息を絶ち、そのまま墜落と認定されました。 全搭乗員37名が犠牲となり、航空業界に大きな衝撃を与えました。 以後、安全対策の強化に向けた議論が行われる契機となりました。
1952年 もく星号墜落事故
1977年

静岡県水窪町の町道を走行中の国鉄路線バスの屋根に5トンの岩が落下、中学生2人が死亡。

静岡県水窪町で走行中の国鉄バスに落岩が直撃し、中学生2名が死亡した痛ましい事故が発生しました。
1977年4月9日、静岡県水窪町の山間部を走行していた国鉄の路線バスの屋根に、約5トンと推定される大きな岩が転落しました。 バスには通学中の中学生も乗車しており、落岩の直撃を受けた結果、2名の生徒が亡くなり、乗客に重大な被害をもたらしました。 当時は斜面の法面工事や防護措置が不十分だったとされ、路線バスの安全対策の見直しが求められる契機となりました。 以後、落石防止ネットの設置や道路管理体制の強化が進められ、山間部の交通安全対策強化に繋がりました。
1977年 静岡県 水窪町 国鉄路線バス
1981年

米原潜当て逃げ事件。

米軍の原子力潜水艦が当て逃げを行い、報告が遅れた事件が発生しました。
1981年4月9日、米海軍の原子力潜水艦が日本近海で他船に衝突したにもかかわらず、そのまま現場を離脱する「当て逃げ」を行いました。 日本政府や関係者からの問い合わせに対し、米側の情報提供が不十分であったため、大きな批判と不信感を招きました。 この事件は日米地位協定や原潜の運用透明性を巡る議論を促し、以後、事故防止策や情報共有の強化が求められる契機となりました。
1981年 米原潜当て逃げ事件
2017年

エジプトのタンタとアレクサンドリアの教会で爆発事件があり、合わせて40人余りが死亡した。

エジプトの教会を狙った爆発事件で多数の死傷者が出る悲劇が発生。
2017年4月9日、エジプト北部のタンタとアレクサンドリアにあるキリスト教会で連続爆発事件が発生し、合わせて40人以上が死亡、百人以上が負傷しました。 犯行は過激派組織によるもので、聖週間のミサを狙ったテロと推定されました。 エジプト政府は非常事態宣言を発令し、治安部隊を強化してテロ対策を進めました。 国内外からの追悼や支援の声が寄せられ、宗教間の緊張緩和と安全確保の課題が浮き彫りになりました。 事件後、キリスト教徒コミュニティへの保護強化や対テロ法の見直しが議論されました。
2017年 エジプト タンタ アレクサンドリア