1600年

ジョルダーノ・ブルーノが火刑に処せられる。

イタリアの哲学者ジョルダーノ・ブルーノが異端審問により火刑に処せられました。
ジョルダーノ・ブルーノはイタリアの哲学者・宇宙論者で、1568年頃に生まれました。彼は無限宇宙の概念や宇宙万物の同質性など独創的な思想を展開し、当時のカトリック教会の教義と衝突しました。教会法廷は彼を異端と断定し、1600年2月17日にローマのチャンポ・デイ・フィオーリで火刑に処しました。彼の死後、その思想は近代科学や哲学に大きな影響を与えました。現在では思想の自由と宗教寛容の象徴的存在とされています。
1600年 ジョルダーノ・ブルーノ
1904年

プッチーニの歌劇『蝶々夫人』がミラノ・スカラ座で初演。

1904年2月17日、プッチーニの歌劇『蝶々夫人』がミラノ・スカラ座で初演されました。
ジャコモ・プッチーニ作曲の歌劇『蝶々夫人』は日本を舞台とした悲劇的ラブストーリーで、初演時は批評家から厳しい評価を受けました。1904年2月17日、イタリア・ミラノのスカラ座で初演され、その後数週間の改訂を経て人気を博すようになりました。作品は異文化理解や愛憎を描き、当時の西洋における東洋観を反映しています。主役の蝶々夫人(チョー・チョー・サン)は繊細な演技と表現力を必要とし、多くの名歌手によって演じ継がれてきました。現在では世界中のオペラハウスで上演されるプッチーニの代表作となっています。
1904年 プッチーニ 蝶々夫人 ミラノ・スカラ座
1906年

島村抱月・坪内逍遙らが中心となり文藝協会を結成

1906年2月17日、島村抱月と坪内逍遙らが文藝協会を結成しました。
文藝協会は日本の近代文学の発展を目的として1906年に創立され、島村抱月や坪内逍遙が中心となりました。協会は新たな文学理論や批評を紹介し、翻訳や戯曲の上演を通じて西洋文化の受容を推進しました。雑誌『文藝協会雑誌』を発行し、若手作家に発表の場を提供した点が大きな特徴です。この組織は後の自然主義運動や演劇革新に影響を与え、明治・大正期の日本文学史における重要な役割を果たしました。
1906年 島村抱月 坪内逍遙 文藝協会
1913年

ニューヨークで美術展「アーモリーショー」が開催。

1913年2月17日、ニューヨークで前衛美術展「アーモリーショー」が開幕しました。
アーモリーショーは正式名称「国際美術展覧会」で、1913年2月17日からニューヨーク市のアーモリー(兵器庫)を会場に開催されました。ヨーロッパの前衛芸術を多数紹介し、ピカソやマティスなどの作品を初めてアメリカに紹介しました。展覧会は保守的な評価と熱狂的な賛辞の両方を呼び起こし、アメリカ美術界に大きな衝撃を与えました。これによりアメリカの芸術家やコレクターの関心が欧州のモダンアートへと向かい、後の近代美術運動の胎動を促しました。
1913年 アーモリーショー
2024年

岩手県奥州市の黒石寺で、千年続く奇祭「黒石寺蘇民祭」が開かれる。関係者の高齢化や担い手不足を理由に今年で最後の開催となった。

岩手県奥州市の黒石寺で千年の伝統を誇る奇祭「蘇民祭」が開催され、今年で最後の開催と発表されました。
蘇民祭は平安時代から続くと伝えられる黒石寺の奇祭で、毎年2月に執り行われます。 男性たちがほとんど裸にわらじ姿で争い、蘇民札を奪い合う独特の儀式が特徴です。 蘇民将来の故事に由来し、五穀豊穣や厄除けを願う伝統行事です。 高齢化や担い手不足のため、2024年を最後の開催とする旨が発表されました。 地域住民や見物客に愛されてきた祭りの終焉は多くの人々に衝撃を与えました。 伝統文化の継承と保存の在り方について議論が高まっています。
岩手県 奥州市 黒石寺 黒石寺蘇民祭