02月08日
概要
祝日・記念日
プレシェーレンの日
スロベニアの詩人、フランツェ・プレシェーレンの1849年の忌日。
スロベニアの国民的詩人フランツェ・プレシェーレンの忌日で、その詩作と業績をしのぶ日です。
事八日/御事始め・御事納め
2月8日と12月8日に行われる年中行事のこと。農事を中心に考え、2月8日を御事始め12月8日を御事納めと呼地域と、正月を中心に考え、12月8日を御事始め、2月8日を御事納めと呼ぶ地域がある。
農事に関する年中行事で、2月8日と12月8日に農作業の開始と終了を定めた伝統行事です。地域によって呼び名や時期に違いがあります。
針供養
折れた針を豆腐やこんにゃくに刺して供養し、裁縫の上達を願う行事。12月8日に行う地方もある。
裁縫に使う針を供養し、裁縫の上達を祈願する日本の伝統行事です。折れた針を豆腐やこんにゃくに刺して供養します。
郵便マークの日
1887年(明治20年)、逓信省のマーク「テイ」に合わせて甲乙丙丁の「丁」に決定した。しかし、万国共通の郵便料金不足の記号「T」と紛らわしいことが判明し、後に「テイシンチョウ」の「テ」を図案化した「〒」に定められた。
日本の郵便制度で用いられる郵便マーク「〒」の起源となった記号が選定された日です。1887年2月8日に逓信省が「テイ」に相当する「丁」を郵便マークに決定しました。
ロカビリーの日
1958年2月8日に、ロカビリーブームの火つけ役となった日劇ウエスタンカーニバルが開催されたことに由来する。
1958年2月8日に日劇ウエスタンカーニバルでロカビリーブームが巻き起こったことを記念する日です。日本のロカビリー文化の隆盛を祝います。
にわとりの日
2と8で、にわとりの「に(2)わ(8)」と読む語呂合わせから。一般財団法人日本記念日協会から認定。
「2(に)」「8(わ)」の語呂合わせで制定された、鶏をテーマにした記念日です。日本記念日協会が認定しています。
山形市ラーメンの日
2023年12月12日、山形ラーメン「山ラー」の魅力等を発信することを目的に発足した「『ラーメンの聖地、山形市』を創る協議会」が、中華そばの1世帯あたり年間支出額トップを2年ぶりに奪還した2月8日を「山形市ラーメンの日」と決定。なお、2023年に初めて開かれた「日本ご当地ラーメン総選挙」で優勝した酒田市も、10月9日をラーメンの日としている。
山形市のご当地ラーメン「山ラー」を応援するために制定された記念日です。2月8日は中華そばの支出額が全国トップに返り咲いた日です。
出来事
コンスタンティウス3世が西ローマ帝国の共同統治者であるとホノリウスから認められる。
西ローマ帝国で、コンスタンティウス3世がホノリウスから共同統治者として承認されました。帝国の統治体制に影響を与えた重要な出来事です。
モンゴルのルーシ侵攻: バトゥ率いるモンゴル帝国軍によりウラジーミルが陥落。市内では大火が発生し大公・ユーリー2世の家族は火から逃れようとして入った教会で焼死する。
バトゥ率いるモンゴル帝国軍がルーシの都市ウラジーミルを襲撃し、陥落させました。大火により大公一家も悲劇的な最期を遂げました。
第7回十字軍: マンスーラの戦いが開始。
第7回十字軍の一環として、エジプト・マンスーラでの戦いが始まりました。聖地奪還を巡る激戦の幕開けです。
1341年から行われていた東ローマ内戦がヨハネス6世カンタクゼノスとヨハネス5世パレオロゴスの和平によって終結する。
東ローマ帝国の内戦がヨハネス6世とヨハネス5世の和平合意により終結しました。帝国再建への一歩となった出来事です。
松平家康が徳川姓を朝廷から許されて徳川家康と改名し、従五位下・三河守に叙任される。
松平家康が朝廷から徳川姓を賜り、徳川家康と改名しました。従五位下・三河守への叙任も同日に行われました。
ライデン大学創設。
オランダのライデンに最古の大学のひとつ、ライデン大学が創設されました。学問の自由を重んじる教育機関として知られます。
バビントン事件への関与でスコットランド女王だったメアリーが死刑判決(メアリー女王の処刑)。
スコットランド女王メアリーがバビントン事件への関与を理由に処刑されました。イングランド王政下の権力闘争を象徴する事件です。
ルイス・デ・カルバハル・イ・デ・ラ・クエバが、妹と妹の子供たちのユダヤ教信仰を隠蔽した罪によってメキシコの異端審問で拷問を受ける。
スペイン植民地メキシコで、ユダヤ教徒隠匿の罪によりルイス・デ・カルバハルが異端審問で拷問を受けました。宗教迫害の一例です。
エセックス伯ロバート・デヴァルーがイングランド女王エリザベス1世に対し謀反(エセックスの乱)を起こすが、軍に包囲され、降伏。
エリザベス1世に対するエセックス伯ロバート・デヴァルーの反乱が発生しましたが、包囲され降伏に至りました。
誕生日
ムハンマド・ブン・トゥグジュ
9世紀後半のエジプトでイフシード朝を創始した支配者。 後の独立王朝の基礎を築いた。 946年に没した。
エドアルド・ディ・サヴォイア
1323年からサヴォイア伯を務め、中世イタリア北部の要衝を統治した。 領内の防衛力と経済基盤の強化に尽力した。 1329年に没した。
アフォンソ4世
勇猛さで知られる“勇敢王”アフォンソ4世。 1325年から1357年までポルトガル王を務めた。 内政と対外戦争に手腕を発揮した。
グエルチーノ
バロック期のイタリア人画家グエルチーノ。 鮮やかな色彩と光と影の対比で知られる。 宗教画や肖像画を数多く手がけた。
丹羽光重
江戸時代前期の大名、白河藩第2代藩主。 藩政改革や治水事業を推進した。 1701年に没した。
ダニエル・ベルヌーイ
伯ヌーイ家出身の数学者・物理学者。 流体力学の基礎を築き、ベルヌーイの定理で知られる。 1782年に没した。
桜町天皇
江戸時代中期の第115代天皇、桜町天皇。 享保の改革期に即位し、宮中儀礼を整備した。 1750年に崩御した。
松前道広
蝦夷地の警備と交易に尽力した松前藩第8代藩主。 アイヌ交易の制度化を進めた。 1832年に没した。
カロリーネ・アウグステ・フォン・バイエルン
オーストリア皇帝フランツ1世の第二妃カロリーネ・アウグステ。 宮廷での慈善活動と文化保護に貢献した。 1873年に没した。
命日
慧子内親王
平安時代中期の皇族で、天皇家の血統を引く内親王。 宗教儀礼や宮廷文化に深く関わりました。
源義重
平安時代末期から鎌倉時代初期にかけて活躍した武将。 源氏の一員として戦乱の中で勢力維持に努めました。
アレクシオス4世アンゲロス
第118代東ローマ皇帝(在位1203–1204)。 帝位奪取を試みたが、短命に終わった悲劇的な君主。
フレグ
モンゴル帝国の将軍で、イルハン朝を創始した人物。 中東遠征を主導し、広大な勢力を築きました。
プシェミスウ2世
ポーランド王(在位1295–1296)。 領土統合を目指した中世ポーランドの君主。
アレクセイ
ロマノフ朝のモスクワ大公(在位1645–1676)。 中央集権化と文化発展を進めた君主。
イヴァン5世
ロシアの共同統治者として知られるモスクワ大公。 弟ペトル1世と共に摂政の下で統治しました。
ジュゼッペ・トレッリ
バロック時代のイタリアの作曲家。 宗教曲や室内楽を手がけました。
ピョートル1世
近代ロシア帝国を築いた大帝、ピョートル1世。 西欧化政策を推進し、帝国の基盤を固めました。