1649年

チャールズ1世の処刑: 絶対王政を強行し議会と対立したイングランド国王チャールズ1世が、清教徒革命で処刑される。

イングランド国王チャールズ1世が議会派により処刑されました。
チャールズ1世は絶対王政を強化し議会との対立を深めました。清教徒革命(イングランド内戦)の結果、議会派によって王権が問われ、1649年1月30日にロンドンで処刑されました。王の処刑はヨーロッパ史上初めての国王の裁判・処刑であり、王権神授説に大きな衝撃を与えました。この出来事は共和国(コモンウェルス)の成立につながり、近代立憲主義の発展にも影響を及ぼしました。
1649年 チャールズ1世の処刑 英語版 絶対王政 イングランド チャールズ1世 清教徒革命
1877年

西郷隆盛が鹿児島県で主宰していた私学校の生徒が新政府に反発し、政府の武器を奪取。西南戦争の発端。

西郷隆盛の私学校生が武装蜂起し、西南戦争の端緒となりました。
1877年1月30日、西郷隆盛が鹿児島で運営していた私学校の門下生が明治新政府に反発し、武器を奪取する事件が発生しました。この反乱は西南戦争の発端となり、明治新政府との最大規模の内戦へと発展しました。士族の不満や近代化政策への反発が背景にあり、日本の軍事政治構造に大きな衝撃を与えました。
1877年 西郷隆盛 鹿児島県 西南戦争
1945年

第二次世界大戦: 東プロイセンの避難民や傷病兵を乗せた客船「ヴィルヘルム・グストロフ」がソ連海軍の潜水艦により撃沈。9,343人が死亡。

第二次世界大戦末期、避難民を乗せた船ヴィルヘルム・グストロフが撃沈され多くの犠牲者を出した海難事件。
1945年1月30日、東プロイセンから避難するドイツ人難民や兵士を乗せた客船ヴィルヘルム・グストロフがソ連海軍の潜水艦に撃沈されました。この沈没事故で約9,343人が死亡し、歴史上最悪の海難事故の一つとされています。老若男女を問わず多くの民間人が犠牲となり、厳冬のバルト海で漂流者の救助も困難でした。戦時中の避難輸送の危険性と、悲劇の規模を象徴する出来事として語り継がれています。
1945年 第二次世界大戦 東プロイセン ヴィルヘルム・グストロフ
1968年

南ベトナム解放民族戦線がサイゴン・フエなど南ベトナムの主要都市で大攻勢。(テト攻勢)

テト攻勢として南ベトナム解放民族戦線が主要都市で大規模攻勢を開始した。
1968年1月30日、ベトナム旧正月(テト)休戦を利用して南ベトナム解放民族戦線がサイゴンやフエなど複数の主要都市で大規模攻勢を開始した。テト攻勢はアメリカ軍と南ベトナム軍にとって不意を突かれる形で行われ、驚異的な規模と戦略的意義を示した。都市部での市街戦や拠点占領は国際社会に大きな衝撃を与え、アメリカ国内の反戦感情を一気に高めた。軍事的には両軍とも大きな損耗を被ったが、政治的には北ベトナムと解放民族戦線の勝利戦略と評価された。テト攻勢はベトナム戦争の転機となり、その後の和平交渉にも影響を与えた。
1968年 南ベトナム解放民族戦線 サイゴン フエ テト攻勢
1972年

血の日曜日事件: 北アイルランド・ロンドンデリーでカトリック系住民のデモとイギリス治安部隊が衝突。市民13人が射殺され、少なくとも15人が負傷した。

1972年1月30日、北アイルランド・ロンドンデリーで発生した血の日曜日事件では13人の市民が射殺された。
1972年1月30日、北アイルランドのロンドンデリー(ドネゴール県)でカトリック系住民が参加する市民権運動のデモ中、イギリス陸軍パラシュート連隊が発砲した。 この事件により13人が死亡、少なくとも15人が負傷した(「血の日曜日」と呼ばれる)。 武装解除デモに対する過剰な武力行使として国際的な非難を浴び、北アイルランド紛争(トラブルズ)をさらに激化させた。 後年、複数回にわたる調査と公式報告により、軍の行動が不当と認定され、被害者遺族への補償が行われた。 現在も北アイルランド和平プロセスにおける重要な転換点として記憶されている。
1972年 血の日曜日事件 北アイルランド ロンドンデリー イギリス 治安部隊
2023年

パキスタン北西部、ペシャワルのモスク(イスラム教の礼拝堂)で自爆テロが発生し、200人近くが死傷した。

パキスタン北西部ペシャワルのモスクで自爆テロが発生し、数百人の死傷者が出た。
2023年1月30日、パキスタン北西部ペシャワルにあるモスク近くで自爆攻撃が発生。 現場では礼拝を行っていた信者らが巻き込まれ、約200人が死亡または負傷した。 テロ組織による犯行とみられ、厳しい治安情勢が浮き彫りになった。 事件後、パキスタン政府は緊急治安対策を強化し、モスク周辺の警備網を再編成。 国内外からの非難が高まり、宗教施設の安全確保に関する議論が活発化した。 この襲撃は同地域の脆弱な治安状況を象徴する出来事となった。
2023年 パキスタン ペシャワル