1902年

アンドリュー・カーネギーが1億ドルを投じてカーネギー研究所を設立。

1902年、鉄鋼業で財を成したアンドリュー・カーネギーが1億ドルを拠出し、カーネギー研究所を設立しました。
1902年1月28日、米国の実業家アンドリュー・カーネギーは、私財1億ドル相当を投じて『カーネギー研究所』を設立しました。 研究所は科学研究と教育の振興を目的とし、物理学や生物学など多分野の研究施設を整備。 特に当時最先端だった高エネルギー物理学実験機器などを導入し、研究成果の公開を重視しました。 カーネギーの慈善事業の一環として、研究者への助成や公開講座開催も行い、学術界に多大なインパクトを与えました。 同研究所は後にカーネギー研究所、カーネギーメロン大学などと連携し、米国の科学技術振興に貢献を続けています。
1902年 アンドリュー・カーネギー カーネギー研究所
1912年

白瀬矗南極探検隊が南緯80度5分西経154度に到達。その一帯を「大和雪原(やまとゆきはら)」と命名。

1912年、白瀬矗率いる南極探検隊が南緯80度5分・西経154度の地に到達し、「大和雪原」と命名しました。
1912年1月28日、陸軍少佐白瀬矗が率いる日本南極探検隊が、南極大陸の南緯80度5分・西経154度に到達しました。 隊員たちは学術調査や地質観測を行い、その地域を「大和雪原(やまとゆきはら)」と命名。 日本人として初めて南極大陸に足を踏み入れた歴史的快挙であり、国内に探検熱を呼び起こしました。 遠征隊は劣悪な気象条件の中、氷河研究や気象データ収集に成功し、南極研究の基礎資料を蓄積。 帰国後、白瀬の業績は学会やメディアで大きく取り上げられ、日本の科学探検史に刻まれました。
1912年 白瀬矗 大和雪原
2006年

JR東日本がモバイルSuicaのサービスを開始。

2006年1月28日、JR東日本が携帯電話で鉄道運賃を支払えるモバイルSuicaサービスを開始しました。
モバイルSuicaは、FeliCa搭載の携帯電話をIC乗車券に変えるサービスとして注目を集めた。ユーザーは専用アプリで鉄道運賃をチャージし、改札をタッチするだけで乗降が可能になる。サービス開始当初は一部の対応端末のみだったが、その利便性から普及が急速に進んだ。これによりSuicaの利用範囲が拡大し、交通系ICカードのモバイル化をけん引。現在ではスマートフォンを使ったキャッシュレス乗車の先駆けとして知られている。
2006年 JR東日本 モバイルSuica
2020年

イギリス政府が、5G通信ネットワークの整備を巡り、中国の通信機器大手華為技術(ファーウェイ・テクノロジーズ)の参入を部分的に容認すると表明。しかし、2020年7月14日、国家安全保障の理由等により、同社の設備は排除される決定が下された。

2020年1月28日、英国政府が5Gネットワーク整備において中国Huawei機器の部分導入を認めたが、安全保障を理由に後に排除を決定しました。
英国政府は当初、Huawei製機器を5Gネットワークの非核心部分に限定して導入を許可すると表明。中国政府系企業の利用は安全保障上の懸念から慎重に扱われるとしつつも、技術的優位性を理由に一部容認した。しかし米国や同盟国からの強い反発を受け、2020年7月14日に最終的に同社製品の全面排除が決定された。決定後、英国通信事業者は既存設備の撤去と代替機器への切り替えを余儀なくされ、ネットワーク整備計画に大きな影響が及んだ。本件は国際政治と技術競争が交錯する一例として世界の注目を集めた。
2020年 イギリス 華為技術 7月14日