1951年

国際連合本部ビルが竣工。

1951年1月9日、ニューヨークにて国際連合本部ビルが竣工し、世界の外交活動拠点が完成しました。
国際連合本部ビルは、国際協力と平和維持を象徴する施設として建設されました。主要設計者にはアメリカのウォレス・ハリソンをはじめ、ル・コルビュジエやオスカー・ニーマイヤーなど著名建築家が名を連ねました。マンハッタン東岸のチャールズ川に面した敷地は、国連総会や安全保障理事会が開催される議場、加盟国の代表オフィス、会議室で構成されています。この完成により、各国の外交官や国際機関関係者が一堂に会する恒久的な舞台が整いました。今日に至るまで、世界平和や持続可能な開発などの重要課題を議論する中心地として機能しています。
1951年 国際連合本部ビル
1952年

電気通信省(後の電電公社)が慶弔電報の取扱いを再開。

1952年1月9日、電気通信省(後の電電公社)が慶弔電報の取扱いを再開し、国民生活に欠かせない通信サービスが復活しました。
日本の戦後復興期において、電気通信省は民間向けの慶弔電報サービスを停止していましたが、この日再開を決定しました。慶弔電報は、お祝い事や弔事の際に文字と音声で気持ちを伝える重要な通信手段でした。再開にあたり、従来の電報設備を刷新し、電電公社としての運用体制へと移行する準備も進められました。このサービス復活は離島や山間部など通信インフラが未整備の地域にも迅速なメッセージ伝達を可能にし、人々の日常生活や地域間交流に貢献しました。以後、日本の通信網の一翼を担う存在へと成長していきます。
1952年 電気通信省 電電公社 慶弔 電報
1985年

東京・両国に新国技館が落成。

老朽化した旧国技館に代わり、最新設備を備えた新国技館が東京・両国に落成しました。
1985年1月9日、東京・両国に新たな国技館が落成し、正式に公開されました。旧国技館の老朽化に伴う建て替えで建設されたこの施設は、大相撲の開催拠点として最新設備を整備しました。収容人数が拡大され、土俵や観覧席の改良により観戦環境が大きく向上しました。以後、相撲だけでなく各種イベントやコンサートにも利用され、地域の文化施設として定着しています。両国の新国技館は相撲ファンにとって重要なランドマークとなりました。
1985年 東京 両国 国技館
1985年

北九州モノレール小倉線が開業。

北九州モノレール小倉線が開業し、地域の都市交通に新たな路線が誕生しました。
1985年1月9日、北九州モノレール小倉線が開業しました。小倉駅から企救丘駅まで約8.8kmを結ぶ都市型モノレール路線として、地域の交通利便性を大幅に向上させました。車両はゴムタイヤ方式を採用し、騒音や振動が少ないことが特徴です。開業により通勤・通学時間の短縮やラッシュ時の混雑緩和に貢献し、市民の生活に密着したインフラとして定着しています。
北九州モノレール小倉線